今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『暗き世に爆ぜ-俳句的日常』(小沢信男著/みすず書房)。評者は詩人の渡邊十絲子さんです。
世相や人の情を、湿っぽくない粋な言葉で
みすず書房のPR誌『みすず』を長らく定期購読していて、この雑誌はとても読みごたえがあるので毎月届くのが楽しみなのだが、はじめに読むのはいつも表紙裏の1ページ連載だった。
古今の俳句を引きながら、世相や人の情を、湿っぽくない粋な言葉で語る。書いている小沢信男はとても高齢なのに、文章のみずみずしさと「現在」を呼吸している感じは、非常に若々しかった。
これが絶筆を含む最後の著作である。
芭蕉から現代までの〈あまたの先達各位〉の句集などから心ひかれる句を選び、〈日々の思案や感慨の、引きだし役やまとめ役になっていただくのはどうだろう〉。〈あちらの先達やこちらの知友の名吟佳吟と、いささか勝手ながらおつきあいいただいて三々五々、連れ立って歩いていこう〉という意味でつけられた連載タイトル「賛々語々」。
読書とは、いま目の前にはいない人ととても親しい交流をするための行為であって、本は、よく読めばよい言葉を返してくれる。この本はそのお手本みたいなものだ。
〈一瞬にしてみな遺品雲の峰〉という櫂未知子の句を前に、いずれ来る自分の死によって持ち物がすべて「遺品」となることを思う。
〈あれこれ用済みの紙屑類〉は捨てるつもりで広げてみるが、〈メールもないころの先輩知友の書簡類〉〈弱年より半生かけた文学運動体の愛憎こもごもの雑録〉〈小学生のころの図画など〉は捨てる気になれず、包み直す。
〈生きているかぎりは、この紙屑が薬だぞ〉。この気分、すでに「若者」ではない人ならみんなが切実にわかると思う。未練や執着というよりは、人間というものの可愛らしさだ。そして著者の筆はいつも、この可愛らしさをたんねんに描写していくのである。