「人間ってのは、しょせん、愚かなものですよ。僕だって、愚の骨頂だと、ず~っと思ってきました。つい上を目指してしまうのも、人間の愚かさでしょう」

ある種の「文明批判」でもある

そして、これは森繁先生も言っていらしたけど、ちょっと色気のある話や困った人の話をユーモラスに書いているので、なんか民話のような感じも受ける。時間の流れ方も、現代とはかけ離れているというか。でも、その裏に、時代の矛盾も見えてくる。

診療所のまわりには、満州から引き揚げてきた人たちが開拓した地域があって、苦労が報われず貧しい家庭も多かった。ところが高度成長期に経済の波が押し寄せてきて、別荘地としてどんどん土地が買い上げられていく。それで急にお金持ちになっちゃった人もいる一方で、突然大金を手にしたために、かえって悲劇が生まれたり――。そんな出来事もユーモアを交えて書いているけれど、その底には、ある種の文明批判みたいなものもあるんじゃないかな。

先生本人は、「本日休診」の札をかけては、川にアユ釣りに行ったり、山に狩猟に行ったり。登場人物全員が、ちょっとダメ人間の部分があるんです。たとえば体調が悪くて「酒をやめろ」と言われているのに、相変わらず酒ばっかり飲んでは「飲んでない」とウソつく人もいる。でも大酒を飲むようになったのは、奥さんが亡くなってからだ、とか――。

ときには「あいつはろくでなしだ」なんて口調で書いているけれど、その言葉は額面通りではない。「でも、根は優しい」と思っているんですね。人間のダメな部分もひっくるめて、丸ごと引き受けている。先生は本当に人間がお好きというか、たぶん性善説の持ち主で、「人間、捨てたもんじゃない、大丈夫だ」という信念があるんでしょうね。