女性パイオニアから見えるもの

規制緩和をへて、今日のサウジアラビア社会では女性の就業、自動車運転、旅行、また髪や首を露出したファッションも、少なくとも都市部では当たり前の光景となった。

ビジョン2030に先立って、勧善懲悪委員会のパトロールが廃止されたことも、女性の公共圏での行動を活発化させた要因の一つだといえよう。政府のお墨付きによって「女性が輝く社会」作りが進んでいるのである。

この状況を背景に、昨今のサウジアラビアでは、さまざまな女性パイオニアたちがメディアに登場している。なかでも2017年に皇太子がサウジ・ビジョン2030を主導して以降、官職への女性の登用が目立つ点は重要だ。これ以前にも「サウジアラビア人女性初の**」といった報道は見られたが、件数自体は少なく、またアメリカの大学での学位取得やエベレスト登頂といったような、海外を舞台とする個人の能力に特化した業績が多かった。

かたや2017年以降の「サウジアラビア人女性初」は国内を舞台に、官主導で誕生しているケースが目立つ。そしてそれらのニュースは、必ずといっていいほどに「ムハンマド皇太子の主導するビジョン2030の成果の一環」として紹介される。

ここからわかるのは、女性の活躍は期待されつつも、サウジアラビアの変革を象徴し、その変革を推し進める政府(とくにムハンマド皇太子)の功績であるべきという強い政治的意図だ。

このことをよく表したのが、2018年6月、女性の自動車運転解禁が決定される前後に起こった、女性の自動車運転解禁を求めてきた活動家たちの逮捕である(Reuters, August1, 2018)。

一方で女性の自動車運転を解禁し、他方でこれを求めてきた人々を拘束することは一見すると矛盾と映る。しかし政府側の論理では、女性の自動車運転解禁という歴史的偉業は政府、とりわけ次期国王と目されるムハンマド皇太子の功績でなければならない。したがって、政府が女性を管理している状況自体は大きく変わっていないといえる。

こう考えると、これまで女性に課されてきた規制が今後も順次緩和されていくとしても、それは女性側の優先順位にしたがって進むわけではないとの推理が成り立つ。こうした点は、女性の自立や社会進出を奨励する一方、夫婦別姓には否定的な意見が根強い日本社会などにもつうじるといえるだろう。

※本稿は、『サウジアラビア―「イスラーム世界の盟主」の正体』(中公新書)の一部を再編集したものです。


『サウジアラビア―「イスラーム世界の盟主」の正体』(著:高尾賢一郎/中公新書)

1744年にアラビア半島に誕生した王政国家、宗教権威国、産油国の貌を持つキメラのような国、サウジアラビア。中東の新興国はいかにして「イスラーム世界の盟主」に上りつめたのか?