特別な存在として迎えられたユーチューバー

そして、コンクール開始前からその動向に注目が集まっていたのが、角野隼斗(すみのはやと)さん。ピアノ教師の母親のもと、幼少期にピアノを始めた。進学校の私立開成中学・高校から東京大学に進学し、音声情報処理を研究。18年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ受賞をきっかけに、本格的な音楽活動をスタートした。

ユーチューバー「Cateen/かてぃん」として、クラシックに限らず作曲や即興演奏で人気を集め、チャンネル登録者数は86万を超える。もともとファンが多いことから、コンクール演奏動画の再生回数もずば抜けて多く、主催者側も特別な存在として迎え入れていたところがある。

しかしそれは、審査員にとっては本来関係のないこと。それでも角野さんは、高い美意識を感じさせる演奏を聴かせ、3次進出を果たした。

すでに音楽分野でも成功しているのに、なぜコンクールに挑んだのか。それについては、20年にユーチューバーとして有名になった頃から、「偽善でなく、自分がどうしたら音楽界に貢献できるかを考えるようになったから」だと話す。

実際、これまでクラシックを聴くことのなかった人が、今回の角野さんの挑戦によってショパンの音楽を知り、また、長い時間をかけて音楽を深めてゆくクラシック演奏家のすばらしさを意識するようになったはずだ。なかには今回初めてポーランドの文化を知ることになった人もいたかもしれない。

前回に続き、2度目の審査員を務めた海老彰子さん(80年第5位)は、こう話す。
「6年前と比べて、日本の方々のレベルが明確に上がりました。参加者ご本人たちの努力もそうですが、ご家族、日本の先生方、そして外国から来て教えてくださる先生方や、それぞれの留学先の先生方の教育が、だんだんと実ってきたからだろうと感じています」

芸術家の成熟には、家庭環境、教育者の姿勢、そして社会のあり方をはじめ、さまざまな環境がかかわってくる。日本人ピアニストには個性が足りないと言われ続けてきたが、ここにきて、何かが変わり始めているのかもしれない。