病室に青空を届けてくれる人々
さて、その連合いはまだ入院中である。面会に行くと、途中で看護師さんや配膳の方などが入って来て、多くの人からケアを受けていることを実感する。しみじみ思うのは、英国のNHS(国民保健サービス)は移民に支えられているということだ。2年ぐらい前、テレビで見たドキュメンタリーに、コロナに感染して重篤化し、生死のはざまを彷徨った高齢の看護師のエピソードがあった。1970年代に英国に来たという彼女が退院するとき、NHSの職員がずらりと廊下に並んで拍手で見送るのだが、それがもう本当に国際色豊かで、ここの映像だけ見た人には、どこの国の病院を撮影したものか見当もつかないだろうと思った。わたしはあるインタビューでそのドキュメンタリーについて触れ、廊下にずらりと並んでいるNHS職員の様子を「まるで国際連合軍のような」という言葉で表現したのだが、すぐに発言を取り消した。いくらなんでも「軍」という言葉はまずい。コロナと闘う、みたいな感じになってしまうし、病院と軍隊を同じように扱うなどもってのほかである。
それに比喩としても、「濡れた脱脂綿」に比べると、なんというベタで想像力の欠片もない喩えなのだろう。
そんなことを考えながら、病院のベッドで寝ている連合いの脇に座り、窓の外の冬の空を眺めていた。まさに連合いの比喩のように白々とした重たい雲に覆われ、いまにも泣き出しそうな曇り空だった。ふと、この比喩を連合いが初めて使ったときに言っていたことを思い出した。
「10代の頃、朝起きてベッドから窓の外を見ると、毎日毎日、濡れた脱脂綿みたいな空が見えた。こんなクソみたいな国、絶対に出て行ってやると思っていた」
実際、若いときにはスペインやオーストラリアに住んだり、イスラエルのキブツでバナナを作ったり、バックパックを背負って世界中を放浪した人である。英国に戻って落ち着いてからも、毎年どこか青空が見える国に旅行しないと気が済まなかった。
だけど、コロナ禍になってからは海外に行くことは難しくなった。そしてがんが戻ってきたいまは、外出すらままならない。
それでも、こうして寝ているだけでも、さまざまな国から来て働いている人々が連合いの病室を訪ねて来てくれる。ベッドサイドのテーブルに、「薬は飲みました」「検温ですか?」という言葉がさまざまな言語で書かれている紙ナプキンが置いてあるのを見つけた。きっと看護師さんたちに教えてもらっているのだろう。連合いの病室に青空を届けてくれている人々に心から感謝する。