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「今月は、出張はないのか?」

これまでは出張の度に、出先から父に電話を入れて、安否確認をしていた。必ず毎回、「変わりない。元気にしている」と答えてくれた。ただ、私が不在の時は、自分で車を運転して弁当などを買いに行っているから、事故を起こすのではないかと不安が募る。

そんなに心配なら、配食サービスを利用するべきだとか、家事代行の人に来てもらえばいいとか、友人たちは心配して私に言ってくれる。できるならそうしたいが、父が頑として同意しないために、なかなか人の手を借りられない状況にあった。

父の居間の12月のカレンダーには、出張のマークがひとつもついていない。食事をする時に父が座る位置から、カレンダーがよく見える。

「今月は、出張はないのか?」

「うん、ないよ」

父は、ほっとしたような表情を見せた。本当は大事な仕事があり、東京行きが決まっていたのだけれども、毎日何度も確認されるのが面倒で記入していなかった。翌日出かけるのに今更言えず、黙って箸を動かしていると、上機嫌で父は軽口をたたいた。

「コロナのせいで出張もなくて、仕事が減って、お前も大変だな」

「そうだね。早くコロナが終息してほしいよ」

台所を片付けると、私は冷蔵庫を開けて、翌日の朝食のパンやサラダ、納豆や総菜などがあることを確認し、父に言った。

「明日と明後日、原稿の締め切りがたくさんあってね。ここに来られないけれど、大丈夫?」

「俺は健康だ。何の問題もない」

「パパがしっかりしているから助かるよ」

おだてておきながら、実は嘘を言って出張に出る。私は罪悪感から後ろ髪をひかれる思いで、千歳空港から飛行機に乗った。その夜、携帯電話に父からの着信がないことに安堵したが、どういうわけか気持ちがざわざわして眠れなかった。

翌朝早くから仕事をこなし、午後3時半になってようやく休憩時間が取れた。カフェに入って腰を下ろした途端に、電話が鳴った。表示されたのは、父ではなく、義妹の名前だった。