事故の記憶が頭から消えた
骨折も心臓の異常も脳内出血もなかったと、義妹から報告を受けていると、横で父はまるで人ごとのように淡々と話し始めた。
「晩ご飯を買いに出かけて帰ってきて、車庫に入れようとしたら、ぶつかってしまった……」
どこか痛いところがないか訊ねると、シャツをめくり、胸の打撲を見せてくれた。かなり広範囲に色が変わっている。シートベルトとエアバッグの圧迫によるものらしく、すごく痛そうだ。救急病院でもらった湿布薬を貼り、痛み止めを飲ませると、徐々に父の目に力が戻ってきたように見えた。
「パパ、人身事故じゃなかったのは幸運だったね。車は全損で、レッカー車で運ばれて、廃車になるんだよ。運転はもう終わり」
事故で救急車、現場検証のパトカーが来て、近所の人たちに随分騒々しい思いをさせてしまったことを義妹が伝える。父は首を傾げた。
「覚えていないな。そんなにひどかったのか?」
とぼけているのではなく、事故を起こしてから救急車に乗って、私と電話で話すまでの記憶が本当にないようだ。じっと考えている素振りを見せた後、疲れたから休むと言って寝室に行ってしまった。自動車保険の手続きや警察への報告、近所へのお詫びなどは私がやると義妹に伝え、長い一日が終わった。
札幌は雪の降り始めが遅く、12月の上旬なのに積雪がゼロで、アスファルトが出ている。前夜は見えなかったガラスの破片が、家の前の道路に落ちていて、キラキラ光っていることに気付いた。大きなガラスは、警察の人たちが拾ってくれたという。それでももっときれいにしなければ、この道を通る子どもが転んで、破片が刺さったら大変だ。
ほうきで履いても取れないガラスの破片を、かがんで指で拾い集めた。ちり取りの中で光るガラスは、子どもの頃、父の車で遠くの海や川に連れて行ってもらった楽しい思い出の破片のように思えて、なぜか少し泣けてきた。