父は本当に壊れてしまった
これまで散々苦労した、父の免許返納問題。自損事故によって車が父の目の前からなくなるという、予想外の展開によって一気に解消されたと思っていた。ところが、事故の2日後、ディーラーの人から電話が入った。
「お父様から、車を買いたいから、迎えにきてほしいという電話がありました」
私は耳を疑った。オーマイ・ダッド! 何を言っているのだという怒りで、私は頭に血が上った。仕事を中断して父の家に向かい、顔を見てまくしたてた。
「事故を起こしておいて、車を買おうなんて、パパはおかしいよ」
「そうか? 事故を起こした記憶はないな」
「記憶がないからこそ、運転するわけにいかないんだよ。いいかげんに諦めて! 買い物だって私が連れて行っているでしょ。できるだけ前と同じ生活をできるように協力している。私の気持ちがわかならいの?」
父は私の顔をじっと見て、嵐が過ぎ去るタイミングを見計らっているような表情をしている。
「買い物をやってもらって迷惑をかけるのが嫌だから、車がほしいんだ」
人の世話にならなければ生活できないことへの引け目が、「車がほしい」という発想に結びついていると知って、私は介護される側の切なさが少しわかった。でも、ここが踏ん張りどころだ。とどめを刺すつもりで私は言った。
「60年以上も無事故できたのに、人身事故を起こしたら、晩節を汚すことになるよ」
「晩節を汚す……それはだめだな」
本当に理解してくれているかどうか、私にはわからない。記憶障害があるにも関わらず、理解力は残っている「とりつくろい」の反応なのかもしれない。事故後に脳神経内科で脳の画像の診断をしてもらったが、側頭葉や海馬に委縮が見られ、新しいことを記憶できなくなっていると言われた。
あらたに最近行われた要介護認定審査では、認知症の進行が認められて、介護度が上がることになりそうだ。これまで通り喧嘩しながらも、父の人生に寄り添うことを目標に、私の介護生活はまだ始まったばかりだ。
(つづく)
◆本連載は、2024年2月21日に電子書籍・アマゾンPODで刊行されました