のど自慢大会で優勝した6歳の島津さん(写真提供:島津さん)

母親のおなかにいるときから演歌を聴き、物心つく頃には、いつも演歌を歌っていた島津さん。地元・熊本のちびっこのど自慢大会では常にグランプリを獲得。大会主催者から「出場ストップ」をかけられるほどで、小学1年生でのど自慢大会を〈引退〉したとき、優勝トロフィーは100本以上あったという。

――小さい頃から「多分、歌手になるんだろうな」と思っていて、小学6年のときには「絶対になる」と決意していました。

歌の練習は、もっぱら家で母にアドバイスをもらいながらやっていました。母は自分では歌わないのですが、私への指示は厳しく、たとえば初めて聴いた歌を15分で覚えなさいと。もちろん最初は覚えられません。すると、トイレや押し入れに閉じ込められる。恐怖で覚えられるようになるんですよ(笑)。今も歌を覚えるのは速いほうで、それは母の特訓の賜物です。

母には、「歌手になりたいのなら中途半端な気持ちじゃだめ。人と同じように遊んでいたら人と違うことはできない。遊んでいるヒマがあれば歌の練習をしなさい」と言われ、友だちからの遊びの誘いも、断ることが多かったですね。

 

中学生のとき、レコード会社からスカウトされ、14歳で熊本から単身上京。作詞家・星野哲郎氏のもとに弟子入りした。

――「東京に行きたい」と言ったとき、母は賛成しませんでした。歌手になることに反対なのではなく、「まだまだ親元で勉強することはいっぱいある。もう少し先でもチャンスはあるのだから」と。

でも私は、「チャンスなんて何度もめぐってこない。今、行くしかない」と譲りません。何とか説得して上京することになったのですが、母は、「一人前になるまでは、この家の敷居は跨がない、くらいの気持ちで行け」と、旅立ちのときも涙も見せません。ひたすら泣いていたのは父でした。(笑)