はじまりは一匹の野良猫から
末井 今回の往復書簡はタイトルにあるように「猫」と「母」を中心テーマとしていたわけですが、これは春日さんとぼくの共通項なんですよね。
春日 猫が好きで実際に飼っている、母親に執着した文章をたくさん書いている、という。
末井 猫についていうと、我が家にはいま、ねず美とタバサというメス猫がいるんですが、往復書簡を始めたときは2匹の飼い猫に加えてキー坊という野良猫の存在がぼくの中でかなり大きかったんです。
2020年4月に初めての緊急事態宣言が発令されると、ぼくのコロナ感染を心配する妻の美子ちゃんから外出禁止令が出されまして。午前中は庭に面した部屋で本を読んで過ごすことが多かったんですが、ある日、ふと気づくと見慣れない茶トラの猫が庭にいて。ほとんどの野良猫は目が合うと逃げてしまいますが、その茶トラは5分でも10分でも、こちらが目を逸らしてもじっと見つめているんです。
だんだんなついてきて外飼いの猫のようになって、黄色っぽいオスの猫なのでキー坊と名前をつけて。スマホで写真を撮ったりしていたら、じきにスマホを向けると前足を揃えて長い尻尾を巻きつけて胸を張ったようなポーズをとるようになりました。その写真をSNSに投稿するとたくさんの「♡いいね」をもらったりして、さらに撮影に熱が入ったりして。
で、どこかの出版社から、キー坊の写真集の注文でも来ないかなーと思っていたんですよね。といっても小さな庭で背景もそう変わらないので少し文章を添えたらどうだろう、とか(笑)。そうしたら猫好き同士ということで春日さんと往復書簡をしませんかという話が来た。
春日 我が家はマンションの3階なので野良猫や放し飼いの猫が立ち寄ることもなく、それによってドラマが生まれるといったことは残念ながらありません。飼い猫のねごと君はある意味家の中に幽閉されているようなものなので、せめてなるべく居心地がよいようにとあれこれしてはいるのですが、こちら側のそうした配慮には「当然」といった顔をしていますね。
末井 猫に対してはなんか……こちらは召使い状態になりますね。
春日 仕える喜び(笑)。ツンデレの関係が成立する。考えてみると、猫ってほんと失礼なやつなんですけど。
末井 それでも猫というのは、一緒にいるだけで、ほかに何もなくても非常に満足感があったりします。春日さんは『猫と偶然』(作品社)の中で、ソファの半分を猫が占領して、もう半分に春日さんがいて、両者が適度な距離を保ちながら夕暮れ時をぼんやり過ごしている。
そのときのことを、「猫と一緒に、ソファを筏代わりにして大海原を漂流しているみたいだ」と書かれていましたが、春日さんが無限の時間の中にいるように感じました。猫といると、たしかにそんな感覚を覚えることがあります。