内多さん「突然訪れたようにみえる転機も、30年にわたるアナウンサー時代のところどころに、布石が打たれていた」(写真提供:『53歳の新人 NHKアナウンサーだった僕の転職』より)

『クローズアップ現代』代行キャスターの交代

ところが、です。2014年になると、『クローズアップ現代』の代行キャスターが僕から後輩のアナウンサーに交代となりました。新しく与えられた番組は、ラジオのディスクジョッキー。週末、土日の夕方に2時間ずつ放送する枠でしたが、そこでもう僕は観念しました。

ラジオは自由な番組作りができるというイメージがあるかもしれませんが、実際は違います。僕が担当した番組は、海外の国のヘッドライン・ニュースについて現地とつないで話を聞くとか、異国のご当地料理を紹介するとか、構成のアウトラインが固まっていて、僕がやりたいことを自由に提案ができる余地はほとんどありませんでした。

唯一残されていた『クローズアップ現代』からも離れ、ついに僕は発信の場を失うことになりました。もう50歳になっていましたし、「これはもうダメだな」と観念したわけです。

これまで仕事をしながら、生きがいを感じる、やりたいことが実現できる、発信できるっていう喜びをずっと感じていましたが、いよいよそうではなくなってきた。

そういう、言ってみれば職業人生の中で「外される」という時代に差し掛かってきたんだなと、嫌でも気づかされたということです。いつまでも、自分が自分が、じゃなくて、後進に道を譲るような年代になった。残念ながらそういうことだ。

いよいよ来たかって思いました。もちろん、誰もそんな風には言いませんが、全体のキャスティングを見れば一目瞭然。現実として突きつけられました。