NHK大河ドラマ『西郷どん(せごどん)』の原作となった『西郷どん!』、『綴る女』、『小説8050』など数々の話題作を生み出す傍ら、2022年7月には母校である日本大学の理事長に就任した林真理子さん。その林さんの38年ぶりの書き下ろし小説『奇跡』は、実在の人物をモデルにした禁断の愛を書き、今までになく感想が二極化した作品となったといいます。実はモデルとなった女性とはママ友として出会ったという林さん。「人間の心は複雑で、決して道徳の教科書みたいには生きられない」と語ります――(構成:篠藤ゆり)

梨園の妻と世界的な写真家との道ならぬ恋

今まで私が書いてきた小説の中で、これほど感想が二極化した作品はないと思います。感動のあまり号泣したという声もたくさんいただく一方で、「不倫を美化するな」と批判も受けました。

この作品では、モデルとなった女性が実名で登場しています。その女性――パリを拠点に活躍する世界的な写真家である田原桂一さんと結ばれた博子さんは、もとは梨園の妻。舅の名前を聞けば誰もが「あぁ、あの方の……」と思うであろう名門の家に嫁がれ、跡取りとなる御曹司も産みました。

しかし田原さん曰く、「僕たちは出会ってしまった」。田原さんとの道ならぬ恋に落ちた博子さんは、梨園の妻としての役目を果たしながら、葛藤の中で愛を育み続けた。離婚して正式に結婚したのは、出会って10年後でした。

実は、現在歌舞伎役者として活躍している彼女の息子さんとうちの娘は幼稚園が同じ。ママ友として、博子さんと出会ったのです。うちに遊びにいらしたこともありましたが、当時は博子さんがそんな恋愛をしているとは知りませんでした。

それから数年後、田原さんとの結婚披露パーティーに招待されたのをきっかけに親しくなり、いろいろお話しするように。本当に仲のいいご夫婦でしたが、残念ながら結婚後たった4年で田原さんは亡くなってしまいました。