〈恋の貴族〉の純愛物語
お二人の出会いから永久の別れまでの話を聞くにつれ、これほど真摯に愛し合った男女はそういないだろうと思い、私は「いつかお二人のことを書きたい」と言いました。でも返ってきた答えは、「いつかね。でも、今はその時ではないわ」。かつての夫の実家に迷惑がかかることを何より心配していたのです。
しかしコロナ禍で、いろいろ考えるところがあったようです。覚悟を決められ、極秘で本づくりが始まりました。途中で横やりが入らないよう、細心の注意を払う必要があったからです。そんなわけで、私としては38年ぶりの書き下ろし作品になりました。
息子を歌舞伎役者として育てることを最優先しつつ、恋人との関係を続けるには、並々ならぬ覚悟が必要だったはず。しかも驚くことに、息子連れでデートすることもたびたびあったといいます。田原さんは博子さんの息子に深い愛情を注ぎ、芸術家としての叡智を惜しみなく与えたそうです。
私はくだんの息子さんに、「お母さんの恋人と一緒にいるのは、正直どんな気持ちだったの?」と聞いたことがあります。すると「3人でいる心地よさがすごくあった」という答えが。「不倫」などという言葉を寄せ付けない、純粋で崇高な愛があったからこそ、息子さんがそう感じたに違いないと、感動すら覚えました。
書きながら思ったのは、お二人は〈恋の貴族〉だということ。私のような〈恋愛庶民〉にはとても経験できない境地です。女なら、一生に一度はここまで愛されたいと思うのではないでしょうか。
ですから私は素直に純愛物語としてこの作品を書いたつもりですし、一種のファンタジーとして受け取ってもらえたら、と考えています。もちろん実在の人物を描くわけですから、相当気も使いましたが。