現代社会の「不寛容さ」が浮き彫りに
私は26年前、『不機嫌な果実』という作品を発表しました。「ちょっと不倫でもしてみようかしら」という冒険心から行動した人妻の話で、ある意味『奇跡』とは対極にあるにもかかわらず、当時はそれほど激しく非難されませんでした。むしろ「もし私がこの小説のヒロインの立場だったら」と、想像の翼を広げる人も多かった。
人間の心は複雑で、決して道徳の教科書みたいには生きられない。それが人間というものだし、そこを描くのが小説だと、多くの人が思っていたのでしょう。私自身も、妄想する楽しさを失ってほしくないという気持ちで、作品を書き続けてきた。
ところが昨今、世間では「不倫は絶対に許さない」と糾弾し、不倫している人を叩く傾向にあります。実際は不倫している人もたくさんいるというのに……。そうした風潮があるため、芸術家と梨園の妻のめくるめくような恋愛に対して、嫌悪感を抱く人もいたのかもしれません。
今回、『奇跡』が物議をかもしたことで、はからずも「不寛容」という現代社会の姿が、そして恋愛不全の世の中が浮き彫りになった気がします。一方で多くの読者が号泣してくれ、温かい言葉が寄せられました。おおいに励まされましたし、作家としてこれほど嬉しいことはありません。