チンピラ同然だったスタローンが、たった1本の映画でどのようにして頂点に立ったのか(写真提供:PhotoAC)
映画『ロッキー4』に未公開映像を加え、再構築した『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』が、2022年8月19日(金)より全国公開されることが発表されました。『ロッキー』と言えばシルヴェスター・スタローンの出世作ですが、主演だけでなく、脚本もスタローン自ら手掛けていることが良く知られています。しかし一作目を書き上げた際、脚本は評価されるも、当時のスタローンは俳優として無名に近かったために、別の有名スターを主演にした映画化のオファーばかりが届いたそうで――。

ドン底から這い上がれ! 試練の10代!

スタさんことシルヴェスター・スタローンは、1946年ニューヨークの通称“ヘルズ・キッチン(地獄の台所)”で生まれた。しかし、この世に生を受けるなり、スタさんを試練が襲う。出産時の医療ミスで、左顔面が思うように動かなくなる障がいを負ったのだ。

幼い頃はイジメの標的になるが……黙ってやられるスタさんではない。

やがてスタさんはイジメっ子たちに鉄拳報復。寡黙でキレやすい性格のせいで、気がつけばスライ(Sly)=ずる賢いというアダ名で恐れられるバリバリの不良少年になってしまった(Sly は名前の略でもあり、現在でもスタさんの愛称だ)。

美容師の父はスタさんを美容学校へ進学させるが、半年でフェード・アウト。それでも占い師の母の尽力により、奨学金でスイスへ留学する。

当初は遊び暮らしていたが、程なくしてスタさんは運命の出会いを果たす。演劇の授業で演技の楽しさを知ったのだ。

スタさんは俳優を目指すため、マイアミ大学の演劇学部で演技に打ち込む。しかし一向に芽が出ないまま中退。俳優への道は閉ざされたかに見えたが、スタさんは決して諦めず、チャンスの街ニューヨークへ向かう。

大都会への旅立ちに際して、スタさんは母に将来を占ってもらったという。母は言った。

「おまえは俳優として7年間は苦労する。はじめは失敗もするが、最後には脚本家として成功するはずだ」