ぼくにとっては幻の動物も同然
2015年10月、南緯3度。ブラジル・アマゾンの玄関口マナウスから、車で2時間ほど走ったところにある地方都市マナカプル。その中心街からもかなり離れた、アマゾン川(ソリモンエス川)沿いの湖畔に、ぼくはいた。アマゾンマナティーの研究者で、京都大学野生動物研究センターの研究員、菊池夢美さんのフィールドである。
ゆうに摂氏35度を超える炎天下、日焼け止めを塗りたくって、じっと湖の水面を見ている。湖にはちょっとした入り江みたいな部分があって、その中に、アマゾンマナティーが回遊してくるのをただひたすら待っている。
アマゾンマナティーは、アマゾン川水域にしかいない希少な水生哺乳類で、ブラジルだけでなく、コロンビア、ペルー、エクアドルの上流域にも分布している。川のあちこちにまだらに生息しているため全貌が把握しにくいが、どのような文献を見ても「生息頭数は不明だが、減少はあきらか」と書いてある。
そのようなミステリアスな生き物のうち、少なくとも何頭かが、ぼくの目の前の湖にいるというのだが……ぼくにはさっぱりわからない!
理由のひとつは、呼吸間隔の長さ。短くても数分、長いと20分近く、息つぎせずに潜っている。昼間の暑い時間帯は、あまり活動的ではないらしく、呼吸間隔も長くなりがちだ。
そして、もう一点。呼吸自体が地味だ。すーっと鼻先だけを出して、ことを済ますとすぐに潜ってしまう。イルカのようなブハッ! という音が聞こえたりしないし、水面に波紋すらほとんど立てない。同じ湖の中にいる巨大魚ピラルクは水面をバシャッと叩くような行動をしばしば取るので、そっちの方がよほど目立つ。
つまり、本当にここにいるのか確信が持てない。ぼくにとっては幻の動物も同然だ。
マナウスにある国立アマゾン研究所のスタッフがこの湖のマナティーを保護する立場にあり、その熟練した目で見てやっとマナティーの居場所がわかる。