アマゾンマナティーたちは森を飛んでいる
こんなディテールを知った後で、ここアマゾンでのマナティーたちの暮らしに思いを馳せた。
アマゾン独特の事情として、雨季と乾季の水位の差が激しい。雨季には川が氾濫して、広大な領域が水没林になる。アマゾンマナティーたちは、その際に水没した森に入っていっていろんな植物を食べる。水位の上昇は最大で十数メートルに及ぶので、林床からかなり高いところにある木の葉まで食べるし、果物も食べる。
食べているもののレパートリーだけ見たら、樹上で暮らすサルと似てくる時期すらあるだろう。この時は、乾季だったので、数カ月後の雨季には、十数メートル上の樹冠に近いあたりをマナティーが行き来することを考え、くらくらした。
森林性の水生哺乳類。いや、場合によっては、樹上性の水生哺乳類。そんな不思議な生活を、このアマゾン川流域において、アマゾンマナティーは送っている。ぼくにとって、それは強烈なイメージだった。
ブラジル・アマゾン訪問の半年後、ぼくは縁あってペルーのイキトスを訪ねた。ちょうど雨季である。そして、ペルーでも行われているアマゾンマナティーの保護と野生復帰計画の取材をし、ちょうど野生に戻す瞬間に立ち会うことができた。
褐色の水が川の範囲を逸脱して森に流れ込み、まさに水没林になっていた。人の住居はすべて高床式で、交通手段はボートのみ。そんな中、解き放たれたマナティーは、やはり尾びれの付け根に発信器を取り付けられていた。
野生に戻ったマナティーたちは、しばらくは放たれたあたりをぐるぐる泳いでいたが、やがて電波が届かない遠くの森の奥に消えていった。
森の樹冠を飛ぶ水生哺乳類、というのは単にイメージというわけではなく、やはり、アマゾンマナティーたちは森を飛んでいる。
※本稿は、『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』
2022年8月9日発売
可愛い小動物ハニーポッサムは、巨大な睾丸の持ち主。水棲哺乳類アマゾンマナティが森の中を「飛ぶ」って? ペンギンなのに、森の中で巣作りをする「妖精」。まるでネズミ! 手のひらサイズの巨大な虫。かわいかったり、美しかったり、ひねくれていたり、奇妙だったり、数奇な運命に弄ばれたり、とにかく常識を軽く超えてくる生き物たちの「へんてこ」ぶりを活写。30年以上にわたり研究者やナチュラリストと共に活動してきた著者が、新しい科学的なトピックをまじえて約50種の生態を楽しく紹介する。200枚超のオリジナル写真を掲載。生き物とヒトとのかかわりの歴史を垣間見る意味で、古い博物画も収載した。かくも多様な生き物たちが存在することに、「あっ」とセンス・オブ・ワンダーを感じずにいられない一冊。