叱ったのは、母に対する父の愛ゆえ

父は心配でずーっと母を見ているので、母は「お父さんが私を監視しよる」とピリピリ。母の状況を知られたくない父は、訪ねて来た母のお友だちも玄関先で帰してしまっていました。

しばらく経つと人も来なくなり、ますます2人だけの生活になる。外からの刺激がないと、認知症は進みます。帰省するたびにどんよりした表情になっていく母。

危機感を覚えた私は、父に内緒で地元の地域包括支援センターに相談しました。センターの職員さんの熱心な説得で、ようやく支援を受けられるようになったのです。

当時の映像に、父が母に激高する様子が残っています。あそこまで怒る父を見たのは、生まれて初めてでした。驚きから私のカメラも小刻みに揺れるほど。

撮れたはいいものの、父がすぐにキレる老人に見えたらかわいそうで、映画に使うことには躊躇がありました。

でも繰り返し映像を見るうちに、気づいたのです。「もう死にたい」と叫ぶ母に向かって、父が「感謝せえ、感謝の心を忘れちゃいけん」と怒っていることに。母は昔から人への感謝を大切にする人で、私にもそう教えてきました。そんな母の一番の美徳を「病気で失くしたらいかん」と父は悲しみ、心から怒っていたのです。

私は、母は認知症なのだからもうどうしようもないのだと諦めていました。でも父は、母のことを絶対に諦めなかったんです。だから、悪いことは悪いと怒った。

マニュアルには「認知症の人に怒ったらいけない」とありますし、勉強家の父も知っていたはず。しかしそれを破ってまで叱ったのは、母に対する父の愛ゆえでした。

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