呉市に帰省した時に母・文子、父・良則と自撮りした写真。写真提供:(C)2018「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会、(C)2022「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~」製作・配給委員会
映像ディレクターで映画監督の信友直子さんには、認知症になった90代のお母さんがいます。その介護を行う90代のお父さんとの記録は2016年にテレビ番組で、18年に映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』、22年3月に続編『ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえりお母さん〜』として公開。「認知症」という重いテーマを描く一方、夫婦の幸福さに憧れも抱く内容が反響を呼びました。その信友さん、映画を撮った理由としてご両親への関心だけでなく、認知症だったおばあさんへの後悔の念もあったそうで――。

母の異変に気づいた電話

母・文子はユーモア精神にあふれた人で、日々のささいな出来事をおもしろおかしく語る名人でした。そんな母の異変に私が最初に気づいたのは、忘れもしない2012年4月。呉市の実家に電話し、たわいないおしゃべりを楽しんでいた時のことでした。

「こんなおもしろいことがあってねえ」と母が勢いよく話し出したのは、前の日に聞いた話と全く同じものだったのです。それをあたかも初めてのように語る母。私は何かの冗談かと思って、

「お母さん、その話、もう昨日聞いたわ」

そうツッコミを入れました。すると受話器の向こうでほんの一瞬、息をのむような
気配があったのです。

「ありゃ、ほうじゃったかいねえ」

次の瞬間には、いつもの母らしいとぼけた返しが来たのですが、その一瞬の沈黙は
私を恐怖に陥れるに十分でした。

お母さんは、おかしゅうなったんかな……。

一度気になり始めたら、もう知らないふりはできません。それからは電話のたびに、母の反応に逐一、疑いの目を向けるようになりました。私がした話を次の電話でちゃんと覚えているだろうか?

でもそうやって親を疑ってしまう自分が悲しく、現実から目をそむけたくなって電話をしない日もありました。