母をいたわる父の度量

母の異変に気づいて呉市の実家に帰ったのは、2012年6月のことでした。

母はいつものように笑顔で迎えてくれ、私の好きな魚料理が食卓に並んでいて安心しました。ですがこの時、やたらと父に対して母の当たりが強くなっていました。母はもともと父を立てるタイプで、父に逆らったことなどなかったのに、二人の関係が逆転していたのです。

当時、母はある友人と仲たがいをしていて、その友人の悪口を家で言うようになっていました。仲たがいの原因も、どうやら母が自分の異変を認めたくなくて意固地になったことらしいのです。

父が見かねて改めるよう言うと、

「お父さんは私がおかしい思うんね? どっちの味方なん? 私のことをバカにして!」

と、えらい剣幕で怒るのです。

母も、離れて暮らしている娘の私には気を遣っているのでしょうが、父には容赦ない。きっと、自分が壊れてゆく恐怖をひしひしと感じていて、唯一甘えられる父を攻撃することで恐怖を少しでも振り払いたいんだ。そう直感しました。

でも母に理不尽に怒られてばかりの父はよく我慢しているなあ。それが不思議だったのですが、ある時、父がポツリとこう言ったのです。

「直子もお母さんを傷つけるようなことは言うなよ。お母さんが一番不安なんじゃけんの」

ああ、父は全部わかっているんだ。その上で母をいたわり、支えようとしているんだ。私は父の度量の広さに感動しました。

父と相談した結果、母に「病院でいっぺん検査してもらおうや」と提案するのは私の役目になりました。父から持ちかけるとまた、母が「私がぼけたとでも言うんね!」と怒りだす恐れがあったからです。

しかし、恐る恐る切り出してみると、母は拍子抜けするほどあっさり賛成しました。

「ほうじゃね、ほんなら病院行ってみようか」

でも今考えると、この快諾にはどうやら、母なりの思惑があったようで……。