父の1周忌追善公演で師匠の蓑助さん(右)と(写真提供◎勘十郎さん)

私はその二代目勘十郎さんの遣う人形を一度だけ観たことがある。三越劇場の文楽公演で、演目は『夏祭浪花鑑』。その団七九郎兵衛の豪快で大きな動きが今も目にある。もしかして勘十郎さんがその足を?

──いや、僕はまだその時、文楽に入ってなかったかもしれません。

父が亡くなったのが昭和61年で、その翌年にうちの師匠が私に、「しっかりせえよ、嫁はん子供養っていかなあかんねんで」と叱咤激励の意味で、父の追善公演をお膳立てしてくれはったんです。一周忌の追善なんて、文楽ではあまりやらないのですが。

それで、いきなり主遣いで、『夏祭』の団七と、『千本桜』「吉野山」道行の狐忠信。師匠が静御前に出てくれて。しかも国立文楽劇場の花道を狐六法で引っこんだんです。

途中で引き抜いて(瞬間的に衣装を替えること)白の火焔の衣装で。父が生前それをやりたかったんですね。そのことをうちの師匠が憶えておられて、「お前、追善でそれをやれ」というので。嬉しかったですね。