しかし文楽の世界は、歌舞伎や能狂言のほうと違って世襲制やないんですよ。師匠の名を継げるもんが継ぐ。ですから私も本来なら師匠の前名桐竹紋二郎になるべきところを、師匠が「いや、お前が勘十郎を継がなあかん」と強く推してくださって。

襲名披露もすごい方々がまだお元気で、先代(吉田)玉男師匠も(吉田)文雀師匠も、(竹本)住太夫師匠も口上に並んでくださいました。うちの師匠も後遺症があるのに、「勘十郎をよろしくお願い申し上げます」と、一言だけ言ってくださって、感激しましたね。

その師匠も去年引退されて、自分の前に誰もいなくなって。大変と思ったけど、でも前には人形がいててくれるんですよ。人形がいてたら、お客さんが何千、何万人いてようが関係ない。ちゃんと人形が前にいるから安心して自由に動ける。本当にこれ、自分向きのええ仕事やな、とつくづく思います。

 

勘十郎さんは去年夏、晴れて重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けた。テレビのインタビューで、「すぐに師匠に報告の電話をしたら、おめでとうおめでとうおめでとう、と三回言って、すぐにまた、おめでとうおめでとう、って二回」と語る勘十郎さんを見て、ぐっとなった。

──師匠の遣う人形は品があって華があります。品と華はお金では買えません。足遣いのころ、師匠の遣う『曽根崎心中』のお初を見上げてたら、何だかそのお初が神々しくて、きれいでだんだん透明に見えてきて、感動して泣いたことがありました。

私もいつか足遣いを泣かせるような人形を遣いたいものだ、と、それが目標ですね。