秀吉はまさに天才で、天下人になるべくしてなった武将
兵力は、速度を上げると落伍者を出すリスクは大きくなるものの、日和見の武将たちを抱き込むなどの努力しだいで挽回できる可能性があります。
したがって、基準の重みづけは、速度を「非常に重視」して速度7:1兵力とします。合計値を1とすればこうなります。
速度=0.875、兵数=0.125
次にレベル3、それぞれの選択肢の優先度です。陸路は、兵力が必要最小限に保たれる範囲で速度を上げようという考え方ですから、速度を「やや重視」とみて、速度3:1兵力、つまり、速度=0.75、兵力=0.25とします。
一方の海路は、京都まで8日間という通常ではありえない速度をめざすかわりに、兵士を置いてきぼりにすることも辞さないという偏った考えです。ただ、船には兵の防具や武器を載せる配慮もしていますので速度を「非常に重視」として、速度7:1兵力、つまり、速度=0.875、兵力=0.125とします。
では、計算してみましょう。
●陸路 0.875×0.75+0.125×0.25=0.6875
●海路 0.875×0.875+0.125×0.125=0.78125
となり、私たちが大返しをするときも、やはり海路をとるべきであると結論が出ました。ただし、意外に微差であることもわかりました。
通常、AHPが用いられるのは評価の基準や選択肢が3個以上ある場合です。このようにどちらも2個だけなら、わざわざ計算しなくても正解を選ぶのは簡単でしょう。
しかし、AHPの有効性は、計算に至るまでの基準の重みづけと、選択肢の優先度を十分に検討することによって、自分がおかれている状況を正確に把握することにもあると思われます。
こうした方法を知らず、実際にはこれらよりはるかに多い要素を瞬時に検討して、速度を極端に重視するという意思決定をした秀吉はまさに天才であり、天下人になるべくしてなった武将であったと思われます。織田信長と同様、戦いにおける機動の原則を知っていた、日本人には稀に見るタイプの人物だったともいえるでしょう。
※本稿は、『日本史サイエンス 蒙古襲来、秀吉の大返し、戦艦大和の謎に迫る』(講談社ブルーバックス)の一部を再編集したものです。
『日本史サイエンス 蒙古襲来、秀吉の大返し、戦艦大和の謎に迫る』(著:播田安弘/講談社ブルーバックス)
蒙古は上陸に失敗していた! 秀吉には奇想天外な戦略があった! 大和には活躍できない理由があった! 日本史の3大ミステリーに、映画『アルキメデスの大戦』で戦艦の図面をすべて描いた船舶設計のプロが挑む。リアルな歴史が、「数字」から浮かび上がる!