パイロットの顔が見えたような気がして

次第に戦況が危うくなるにつれて、成人男性のほとんどは徴兵されていきました。それに先立つのが兵役への適合性を評価する徴兵検査。

その検査は、ふんどし1枚の素っ裸で、性病に罹患していないか、痔の症状がないかどうかなどを調べるために、外部生殖器を指ではじいたり、肛門に指を突っ込むようなやりかたをしたのだそうです。「なんてことをするんだ! まいったよ」。徴兵検査からもどった兄の言葉でした。

そして「お兄ちゃまが戦争に行くことになった」と僕に告げた母は、泣きはしませんでしたが、深刻な顔をしていたのを覚えています。出征する時は、家の玄関から門前まで何本も幟が立ち、「佐治登司郎君、出征おめでとう」。父が「うちの前で、『ばんざい! ばんざい!』はやめてほしい」と言っても、もちろん許されませんでした。

戦争が激化するなか、僕自身も空襲に見舞われて、間一髪の経験をしました。国民学校4年の時だったかな。九州の銀行の財務立て直しを依頼されて単身赴任していた父が東京に帰って来るというので、兄と2人で東京駅に迎えに行った時のこと。到着まで時間があったので、日比谷公園の池のほとりでお団子を食べながら列車を待っていたのです。

そこへ突如の空襲警報、いきなり、機銃掃射で土煙がパパパパッと立って、耳元をぴゅっという音がかすめました。弾のスピードは音より速いので、音が聞こえたということは、弾は当たらなかったということ。ああ、生きてる、生きてた……。ただただ呆然としました。

実はその時、相手のパイロットの顔が見えたような気がしたのです。今思い出しても、夢だったのか現実だったのか……。幻を見ているような恐ろしい体験でした。