「そのころはまだそんな情熱があったわけでもないのに、『一生をかける覚悟があります』なんて言ってるうちに、だんだん本気になってきて(笑)」(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続けるスターたち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第9回は俳優の加藤健一さん。はじめは一番月謝が安いからという理由で俳優養成所を選んだと語る加藤さん。その養成所は入って一年半で解散してしまったそうで――。(撮影:岡本隆史)

「一生をかける覚悟があります」

下北沢・本多劇場を本拠地として、年3回ほどの芝居を打つ。その優れた脚本選びへの信頼と、明晰な口跡に魅せられて、毎回客席に座り続ける観客は多いが、私もその一人。それは、いつかは舞台の神の裳裾に触れようとただひたすらジャンプし続ける永遠の演劇青年への憧れ、なのかもしれない。

――僕は静岡県の豊浜という半農半漁の町で生まれ育って、近くの映画館で観た石原裕次郎に憧れたりする、そんな普通の若者でした。その若者がふとしたきっかけで入ったのが、俳優小劇場の俳優養成所です。

そこであるとき、演出家の早野寿郎先生がおっしゃったんですね。「演劇というのは、舞台の女神の衣の裾に一瞬でもいいから触れようとして、ジャンプし続けるものなんだよ」って。

すごく衝撃を受けました。あ、そうすることが演劇を志す者の永遠の目標なんだ、と浮わついた気分がいっぺんに吹っとびました。ですからこれが第一の転機でしょうね。

とにかく小学6年生のときの学芸会で『因幡の白兎』の主役、大黒様(大国主命)をやったのと、高校のときの演劇部で『さっぱ夜ばなし』という民話劇の猟師の役をやったくらいの貧しい演劇体験しかなくて、それがいきなり役者をめざすわけですから。