イギリスに留学した夏目漱石などが「散歩」を広めた

じつは、「散歩」は明治時代にヨーロッパからの輸入されたものなのです。江戸時代、東京の人々は高尾山や神奈川の大山、遠くは富士山、さらに伊勢神宮などに歩いて出かけました。これはそれぞれお参りのためです。また、隅田川や御殿山などに花見に歩いて出かける「物見遊山」などはありましたが、目的がなくぶらぶらと歩く「散歩」は、何の収穫もない《犬の川端歩き》と揶揄されていました。日々の生活のために忙しく働いていた当時の人々からすれば、目的もなく歩くという「散歩」はただの時間の無駄だったのです。

しかし、明治時代になると、西洋の文化や習慣が日本に入ってきました。じつは「散歩」もそのひとつです。

イギリス・ロンドンに留学した夏目漱石はステッキをついて「散歩」を楽しむ人々の光景を目の当たりにし、日本に戻り自ら「散歩」を楽しみました。その他にも森鴎外などの当時の文豪やインテリが散歩を楽しんだようです。そして永井荷風の『日和下駄』や、国木田独歩の『武蔵野』など「散歩」をネタにした《散策記》がヒットした事も「散歩」が広がった要因になりました。

この「散歩」健康には、とても大きな効果があることがわかっています。

もともと「散歩」という文化は日本に無かった