こんなに素晴らしい世界があるのなら

北京五輪の代表選考も兼ねて行われた2021年の全日本選手権。羽生結弦にとっては約8カ月ぶりに実戦復帰だった。他の選手は直近の大会などにも複数回参加していたため、コンディションの整えやすさは多少違ったかもしれない。

大会にしばらく不在だった羽生結弦だが、久々のショートは衝撃的な復帰となった。
ブランクを感じさせない、そんなもんじゃない。
ジャンプを繊細に、しかし力強くかつ美しく成功させ、スピンやステップの動きの滑らかさ、表現の幅、緩急、あまりに鮮やかで洗練されている。あっという間に、彼の世界に染め上げてしまった。

あらゆる面で、―完璧ーそのものだった。

見終わった瞬間、しばらく心臓がバクバクし、恐ろしいものを見てしまった、と体が震えた。
もはや放心状態だった。
その完璧さにはもはや狂気すら感じたし、畏怖の念さえ覚えた。

心が動かず、ずーんと沈んでしまうような夜。
理不尽なことが続いて、悔しさで心が覆いつくされるような日。
そんな時、羽生結弦の演技の動画を見る。

人間離れした、間違って天界から人間界に生み落とされてしまったんじゃないかと思うほどの演技を見ると、なんだか泣けてくるのだ。
こんなに素晴らしい世界があるのなら、この世も、生きるということも、まだまだ捨てたものじゃないのかもしれない。

表現は時に人の心を慰めるし、心のしじまにスッと入り込んで癒すこともある。
見える世界を色づけることもできるし、気持ちを緩ませることも、力を与えることだってできる。

ならば、自分も自分のできる表現を、もう少しだけ、頑張ってみよう。
そんなことを思わされる。

きっと彼の演技や生き方は、多くの、そんな世界の片隅にいるだれかを救い続けて来たことだろう。