出る杭は打たれ、優秀なリーダーが育ちにくい

「本当の意味でのエリートって何だと思う? それは社会における各分野でのリーダーであり、奉仕者であり貢献する者であり、その意志と能力を持った者たちのことだ」と蕩々と説明しました。川淵さんの中には、エリートについての明確な定義があったのです。

一般的に、「エリート」という言葉に抵抗を感じる人は今も多いことでしょう。それは言葉の本当の意味がきちんと理解されていないからではないでしょうか。

エリートとは、高慢で上から目線の特権階級を意味するのではありません。倫理観と社会奉仕的な精神を持って、社会が良くなる方向へ向かって貢献する存在です。

持てる能力を活かし、先頭に立って新しい分野を切り拓いていく存在のことなのだと、私は川淵さんから学びました。本当の意味でのトップを育てないと、世界には通用しないのです。

日本の教育現場では極端な「平等主義」が浸透しています。その結果、全体のレベルが低い方に平準化してしまい、出る杭は打たれ優秀なリーダーが育ちにくい土壌があります。

しかし本来の意味での平等とは、「個人の能力に応じた、機会の均等」であり、エリートの存在や役割とは決して矛盾するものではありません。

能力のある者に対して良い環境を整えて指導し、社会的な責任を果たす奉仕者として育てていくための教育、それが本当の「エリート教育」のはずです。

私たちが実践したいと考えたのも、サッカー界で真の意味でのエリートとなる人材を育てていくような教育でした。「サッカーエリート」を育てなかったなら、今後も世界の舞台で強くなってはいけないということが、はっきりと見えてきたからです。

つまり、エリートを育てることは、W杯で優勝を目指している日本として必須の課題でした。

※本稿は、『批判覚悟のリーダーシップ-日本サッカー協会会長秘録』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


批判覚悟のリーダーシップ-日本サッカー協会会長秘録』(著:田嶋幸三/中央公論新社)

リーダーは傷だらけで孤独。毎日ストレスが続く会長職を誰がやるのか? だからこそ、批判されてもブレない「芯」と明確な「ゴールイメージ」が必要だ――2016年から3期にわたり日本サッカー協会会長を務める著者は、世界基準をめざして数々の改革を断行。日本代表監督の交代、福島県Jヴィレッジの原発事故対応、日本オリンピック協会副会長として携わったパンデミック下の五輪開催、コロナ禍の経済危機……。嫌われる覚悟で臨んだ数々の修羅場の舞台裏を、いま初めて明かす。また、著者が薫陶を受けた名指揮官(クラマー、ギャラント、オシム、ベンゲル、川淵三郎、岡田武史、佐々木則夫、西野朗、森保一ら)に学び、本物のリーダー像を探究。危機を突破して「ゴール」を決められる力とは何か? 数々の逆境を突破してきた末に、たどりついた境地。