だからみんながうまくなっていく

時間の変更だけではなく、制約という枠を積極的に練習に取り入れたのも、オシムさん流のユニークなやり方でした。

たとえば練習時間を、試合と同じ「90分」に限定する。その時間内に全力を出し切るような癖をつけさせる。練習も試合と同様に四六時中走り続ける。練習と試合を別々のものとして切り離さない。選手の中には、試合に入ってから「あっ、このシーンは練習の時と同じだ」と感じる瞬間があった、と聞きます。

練習に疲れてヘロヘロになった時はどんな選手も判断力が鈍るものです。オシムさんはそんな時を狙って、訓練していました。

たとえば身につけているビブスの色を替えさせるのです。それまで赤対白でやっていたのを全6色のビブスを使ったりして、あえてみんなの頭がこんがらがるような状況を作り出し

「クイックに判断し動くことが大切だ」と伝えてくれた。常にスタンバイして切迫感を持って臨むことをいろいろなやり方で日本サッカーに伝授してくれたのです。

同時にオシムさんが練習中に常に強調していたのは「走ること」です。

サッカーの基本中の基本です。「走る」と聞くと単純なように感じるかもしれませんが、「走る」ことには深い意味があります。

サッカーの試合を観たことがある方ならわかると思いますが、選手が試合中、止まっている時間は圧倒的に少ない。だから、「走れ」というのは常に実戦と同じようにプレーせよ、ということです。

また、技術の高い選手だけを登用するというのではなく、誰もがいいプレーができるようにとチーム全体を鍛え上げていった。だからみんながうまくなっていく。サッカーをすることが楽しいと感じ、もっと練習をしたい、と自発的に思える。そんな肯定的な流れを作り出していく優れた指導者でした。

一言でいえば「賢者」。すべてを知っている人。それがイヴィチャ・オシムさんという人物です。

※本稿は、『批判覚悟のリーダーシップ-日本サッカー協会会長秘録』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


批判覚悟のリーダーシップ-日本サッカー協会会長秘録』(著:田嶋幸三 (著)/中央公論新社)

リーダーは傷だらけで孤独。毎日ストレスが続く会長職を誰がやるのか? だからこそ、批判されてもブレない「芯」と明確な「ゴールイメージ」が必要だ――2016年から3期にわたり日本サッカー協会会長を務める著者は、世界基準をめざして数々の改革を断行。日本代表監督の交代、福島県Jヴィレッジの原発事故対応、日本オリンピック協会副会長として携わったパンデミック下の五輪開催、コロナ禍の経済危機……。嫌われる覚悟で臨んだ数々の修羅場の舞台裏を、いま初めて明かす。また、著者が薫陶を受けた名指揮官(クラマー、ギャラント、オシム、ベンゲル、川淵三郎、岡田武史、佐々木則夫、西野朗、森保一ら)に学び、本物のリーダー像を探究。危機を突破して「ゴール」を決められる力とは何か? 数々の逆境を突破してきた末に、たどりついた境地。