日本サッカーのレベルを押し上げた指導者、イヴィチャ・オシム氏。そのリーダーシップの特徴とは(写真:『批判覚悟のリーダーシップ-日本サッカー協会会長秘録』より)
W杯カタール大会で、強豪ドイツ、スペインを相手に歴史的勝利を収め、快進撃を続けるサッカー日本代表。決勝トーナメントで最初に戦う闘う相手はクロアチアだ。クロアチアといえば、旧ユーゴスラビアを構成した一国だったが、旧ユーゴ最後の代表監督を務めたのは、イヴィチャ・オシム監督(ボスニアヘルツェゴビナ出身)。ご存知のように、後に日本代表監督を務めて鮮烈な印象を残した名将だ。今年5月に逝去したオシム監督は1990年のW杯イタリア大会において、多民族をまとめあげてチームをベスト8に導いた。同じベスト8という「新しい景色」をめざすサムライ・ブルーの中にも、オシム監督が残したレガシーが脈々と受け継がれている。親交の深かった田嶋幸三JFA会長が、オシム監督の功績をふりかえる。

井戸を掘った人のことを忘れるな

2021年9月10日。

JFA100周年の記念式典では、日本サッカーの発展に貢献した個人・団体に感謝の意を表して「JFA100周年表彰」を実施しました。

その式典の第2幕で私は、「井戸を掘った人たち」というイヴィチャ・オシムさんの言葉を引用させていただきました。日本サッカーのために命がけで取り組んでくださった方たちのことを忘れず、リスペクトし続けたい。JFAはそういう組織でありたい、と願いながら式典に臨みました。

コツコツと井戸を掘る人がいるからこそ、その後に続く人々がその恩恵を受けて生き続けることができる。サッカーを楽しむことができる。だから、井戸を掘った人のことを忘れるな。

2022年5月に逝去されたオシムさんの言葉です。

オシムさんはそうした表現を好んで使うユニークな指導者でした。

たとえばサッカーにおけるパスのことを「水を運ぶ」と表現したように、「水」という言葉をしばしば使いました。その意味は、「チームのために献身的に走り、敵のボールを奪い返して攻撃する選手に供給する」ということ。

「水を飲む(=ゴールをする)人のそばには、汗をかいて水を運ぶ人が必要だ」「サッカーはバランスを保つために水を運ぶ選手が必要だ。ただ大量の水を運べばいいわけではない。おいしい水でなければならない」

一つ一つ深みがあって噛みしめると味わいのある言葉です。