いざ撮影へ

そして私は、Studio Harcourt Parisの「映画撮影用」のライトが据えられたスタジオの暗闇に招かれ、カメラマンD氏と対峙することになった。数人の照明アシスタントが私にたくさんのライトを向け、灯がともされると、暗闇の中に取り残されるような、非現実的な感じを覚える。しかし、ライトもカメラマンの視線も照明アシスタントの視線も全て私に注がれ、メイクさんの手が暗闇の中から魔法をかけるように、私の肌にパウダーを乗せていく…。こ…これは「まるで女優」な体験ではないか!

たくさんのライトに照らされて ©Antoine Poupel

多くの人がいるのにみんなが息を凝らすようにして私を見つめてくれ、現場は「ちょっと厳粛」で「神聖な」空気でみたされる。その中でカメラマンが私の顔を見ながら、真剣な瞳でライトの角度と陰影を調整し、シャッターを切るのだ。このスタジオに呼ばれた時、私はまだメイクの途中だったが、「テストなので構いません」と、取りあえずかなりの撮影がなされた。驚いたのは「笑わないで」と言われたことだ。「唇をちゃんと閉じて。あごの角度をもう少しあげて…」

カメラマンと自分だけの時間 ©Antoine Poupel

今まで日本でしてきた撮影との勝手の違いに戸惑っている間にテストは終了し、きちんとしたメイクをしあげた頃には、メイク室に新しく、ひどく凝ったライティングが施されていて、フリルのブラウスに帽子で本撮影。さらに大急ぎで、着物の帯地で作った、オレンジのドレスにチェンジし、ゴージャスな階段でも撮影した。私は、漫画家や画家といった肩書の割には「撮られる」経験が多いほうだと思うが、撮影の早さ、笑顔を要求しないこと、全てが未知の世界だった。

衣装選びにもアドバイスをくれる ©Antoine Poupel

最後にカメラマンは、私の唇を黒く塗るようメイクの女性に求めた。少しやり過ぎではと、鏡の中の自分を見て戸惑ったが、既に沢山撮影したので、「捨てカットがあってもいいかな」と、抗わなかった。その黒い口紅で撮影したカットが、自分の一番のお気に入りになるとは思いもせず…。