1972年に里見まさとさんと「ザ・ぼんち」を結成し、80年からの漫才ブームをけん引したぼんちおさむさん(70)。コンビで出したシングル曲「恋のぼんちシート」は80万枚の大ヒットとなり、漫才師として初の武道館ライブを開催しました。天下取り、解散、役者の道、50歳での再結成。波乱万丈という言葉では足りないほどの50年を経験し語る「絶対にしないこと」とは。(取材・文・撮影◎中西正男)
『THE MANZAI』出演。一晩で世界が変わった
今は『M-1グランプリ』があって、そこで優勝したら一晩で人生が変わると言われています。『M-1』もホンマにすごい大会ですけど、僕らの時代でそれにあたるのがフジテレビ『THE MANZAI』(80~82年)でした。
『THE MANZAI』に出る前は大阪だったら、たまに「あ、おさむちゃんや!」と街で言ってもらうくらいの感じでした。
それが『THE MANZAI』に出た次の朝から、会う人、会う人、みんながこっちを見てくるんです。自分の後ろに有名な歌手の人でもいるのかと思って振り向いたけど誰もいてない。自分を見ているんです。
初めて出た時の翌日、長崎で学園祭に出る仕事があったんです。それ自体はよくある地方営業やったんですけど、長崎に向かう飛行機の中で客室乗務員の方に「サインをもらえますか」と言われて「なんやこれは…」と思ったのを明確に覚えています。
長崎の学校に着いてからも学校にお客さんが入りきらない。一晩で世界が変わるなんてことがあるんやと心底驚きました。
当時、人気絶頂だった「ピンク・レディー」がテレビで「寝る時間が3時間もないんです」と言っていて「そんなアホな。寝られへんかったら生きてられへんがな」と思ってたんですけど、すぐに自分が睡眠3時間の生活をすることになりました。(笑)
テレビ局がホテルは取ってくれてるんですけど、明け方まで収録をして始発の新幹線で移動、という毎日なので、結局チェックインもチェックアウトもしないまま。新幹線の移動が睡眠時間です。布団で寝ることがない日々でした。