父が子ども用品店でひ孫のために選んだ、フード付きバスタオル(写真提供◎森さん 以下すべて)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、94歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈94歳・認知症の父は、エーザイの株価が上がると嬉しそうに言った。「認知症の人は大変だな。治療薬ができたら、多くの認知症の人が救われる」〉はこちら

穏やかなお正月

2021年12月、私の家から車で15分ほど離れたところに暮らしている、当時93歳の父が、自宅の車庫入れで自損事故を起こした。バックする時にアクセルを踏み込んでしまったのが原因のようだった。車庫は壊れて使えなくなり、車は修理ができないほどに壊れて廃車になった。

家族一同、人身事故ではなかったことに安堵した。一方で父は、事故のショックが引き金となって、急に「今のことを記憶できない」症状が強く出て、認知症と認定された。一時は時間の感覚も失っていたようで、一日中ベッドの中で過ごす日が続いた。

それまでも掃除や洗濯は私が通ってしていたものの、父が運転して買い物に行き、食事はできあいのものを食べるなど、自立して一人で生活ができていた。でもそれは、車があってこそのものだった。

それから1年。父は無事に自宅でお正月を迎えることができた。着替えをするのも億劫がっていた昨年のお正月より、むしろ元気なようにさえ見える。今のことをすぐ忘れる点を除いては好々爺のようになり、穏やかで落ち着いた様子で暮らしている。

父が注文してくれた仕出し屋のお節の折と、黒豆など

クリスマスに、父は4歳と2歳になった「ひ孫」にプレゼントを贈りたいと言って、私と一緒に子ども用品店に行った。父のひ孫とは、私の次男の子どもだ。遠くに住んでいる彼らに、父が選んだ「ピカチュウ」と「恐竜」のデザインのフード付きバスタオルを、郵便で届けておいた。

お正月に、父が楽しみに待っていたビデオ電話が次男からかかってきた。風呂上がりにバスタオルを着たひ孫の姿を、父は目を細めて見ている。ピカチュウのフードを頭に被った4歳のひ孫が、床に頭がつくほど深いお辞儀をして言った。

ピカチュウのバスタオルを着て、おじいちゃんにお礼を言う、4歳のひ孫

「おじいちゃん、ありがとう」

「ひいおじいちゃん」という続柄を4歳では理解できず、父のことを「おじいちゃん」と呼んでくれている。幼いひ孫のかわいいしぐさに目を潤ませている父を見ることができて、私にとっても良いお正月となった。