穏やかなお正月
2021年12月、私の家から車で15分ほど離れたところに暮らしている、当時93歳の父が、自宅の車庫入れで自損事故を起こした。バックする時にアクセルを踏み込んでしまったのが原因のようだった。車庫は壊れて使えなくなり、車は修理ができないほどに壊れて廃車になった。
家族一同、人身事故ではなかったことに安堵した。一方で父は、事故のショックが引き金となって、急に「今のことを記憶できない」症状が強く出て、認知症と認定された。一時は時間の感覚も失っていたようで、一日中ベッドの中で過ごす日が続いた。
それまでも掃除や洗濯は私が通ってしていたものの、父が運転して買い物に行き、食事はできあいのものを食べるなど、自立して一人で生活ができていた。でもそれは、車があってこそのものだった。
それから1年。父は無事に自宅でお正月を迎えることができた。着替えをするのも億劫がっていた昨年のお正月より、むしろ元気なようにさえ見える。今のことをすぐ忘れる点を除いては好々爺のようになり、穏やかで落ち着いた様子で暮らしている。
クリスマスに、父は4歳と2歳になった「ひ孫」にプレゼントを贈りたいと言って、私と一緒に子ども用品店に行った。父のひ孫とは、私の次男の子どもだ。遠くに住んでいる彼らに、父が選んだ「ピカチュウ」と「恐竜」のデザインのフード付きバスタオルを、郵便で届けておいた。
お正月に、父が楽しみに待っていたビデオ電話が次男からかかってきた。風呂上がりにバスタオルを着たひ孫の姿を、父は目を細めて見ている。ピカチュウのフードを頭に被った4歳のひ孫が、床に頭がつくほど深いお辞儀をして言った。
「おじいちゃん、ありがとう」
「ひいおじいちゃん」という続柄を4歳では理解できず、父のことを「おじいちゃん」と呼んでくれている。幼いひ孫のかわいいしぐさに目を潤ませている父を見ることができて、私にとっても良いお正月となった。