残っている能力を使ってもらう
デイサービスに行く日以外は、一日中椅子に座ってテレビを見て、出されたご飯を食べるだけの父。でも、いくつになっても、誰かのために役立っている自負があれば、「世話されるだけの立場」から脱却できるはずだ。
そこで、私は父にやってもらえる事を考えた。
父は、掃除や洗濯は娘がするものだと思っているから、自分でやる気がないのは確実だ。昭和一桁生まれの男性の多くはそうだろうし、若い頃にやっていなかったことが、今更できるはずはない。何が得意かを考えたら、案外ヒントは目の前にあった。
食卓テーブルの上には、日付入りで、たくさんのメモが置いてある。内容は、一日の出来事を短いフレーズで書いているだけだが、なぜか英語交じりなのがご愛敬だ。
「AM 8時、wake up. bedで朝ドラを見る。AM9時、パンを焼く。くしゃみ、ルル3錠飲む」
たまにほろっとくるものもある。
「今日も久美子が来てくれた。PM6時半、サンマ。おいしかった」
私はメモを見た後に、台所で野菜を切りながら父にお願いをした。
「明日買わなければならないものを、書いておいてくれる?」
「おまえが自分で書け」
父はこんなふうに、時々反抗期の少年のような返事をする。
「私、今、台所で手が濡れているから、パパに書いてほしいの」
渋々ペンを持った父の背中が、嫌々ながら勉強する子どもみたいに見えた。
「減塩醬油、サラダ油、だしパック、レタス、牛乳」
作戦成功。父は見やすい字で買い物リストを書いて、私に渡してくれた。
「すぐに財布にしまえよ。おまえ、忘れっぽいからな」
「ありがとう。しまっておくね」
私は父のメモをバッグにしまい、父に対して「ありがとう」と言えるやり取りを、もっと増やしていきたいと思った。