90歳の大病はいろいろ厄介なことが多いことを知らされました。
まず心臓の検査はじめ、各種の検査。医師は気軽に「100歳の乳がん手術もある」とおっしゃいましたが、やはり2時間以上の全身麻酔に耐えるには、少しでも若いほうがいいようです。
もう一つ、私を手術から逃げ腰にさせたのは、歯の問題でした。歯科に回されて診察。私の体の唯一の自慢、8020(80歳で自分の歯を20本残そうという日本歯科医師会のキャンペーン)さながら、ちゃんとそろった歯のうち、2本を抜くように言われたのです。とたんに新聞広告で見た、「歯は抜くな!」のタイトルが思い出されました。
全身麻酔をかけたとき、根のゆるんだ歯がすべり落ち、気管や食道をふさぐ恐れがあるので、と言われて納得しました。再検査の結果、歯は抜かずに済みましたが、体力が弱った高齢者の全身麻酔の手術は、やはり何かと手間がかかるようです。
そこでまた迷いました。幸いがんの性質(たち)はわりにおとなしく、急激に拡大することはなさそう。大きくなるまでに、本体の寿命が尽きるだろう、ということのようです。
手術後、主治医は書類に何か記入しながら説明してくださいました。その一つに「今後10年の生存確率」。きゃっ、100歳までの確率ということね。私が伸びあがってのぞき見ていると、医師は「80%」とあった文字を、なぜか「79%」に訂正されました。
そこで即座に浮かんだ思いは、「きゃっ!そんなに生きたら、老後の生活費が足りるかしら!?」。
戦時下に育った私にとって、贅沢は居心地が悪く、老後のための貯蓄はそれなりに真面目に取り組んできました。この年でいまだに仕事をいただけるありがたさを噛みしめつつも、「100歳まで生きる可能性、7~8割」と言われると、にわかに生活費が心配になりました。長寿はやはり大変です。
しかし、その後、私に訪れた気持ちは、ひとことで言えば感謝の念でした。この年まで激論しながらも行動をともにした仲間たち。仕事を発注してくださる注文主。感想を寄せてくださる読者――。いろいろな思いを足し算引き算して、私に残った思いのなかでいちばん大きかったのは感謝だったのです。