「心から『ありがとう』と感謝したり、誠心誠意を尽くして『ごめんなさい』と謝ったりする場合は、やはり手紙という形にしたほうが、気持ちがきちんと伝わるような気がするのです。」(写真提供:小川さん)
これまで、『ツバキ文具店』をはじめ、手紙にまつわる物語やエッセイを数多く執筆してきた小川糸さん。手紙への思い入れやこだわりを教えてもらいました(構成=内山靖子 写真提供=小川さん)

メールにはない余白の時間

私自身、手紙を書くことが好きで、なるべく手紙を書く時間をつくるようにしています。こちらからちょくちょく手紙を出していると、自然と手紙上手な友人たちが集まってきて。今では自分の周りにちょっとした「手紙友だちの輪」ができています。

もちろんインターネットが主流の時代ですから、連絡を取り合うにはメールのほうが便利な場合も多いでしょう。それは私も例外ではありません。でも、メールは送信ボタンを押したらすぐ相手に届き、その瞬間から返事を待つことになるので、なんだか気が休まらないのです。

その点、手紙には「余白」がある。書き終えた手紙をポストに投函しても、相手にすぐ届くわけではありません。いつ相手が読むかもはっきりとはわからないし、ちゃんと届いたかどうかも定かではない。

何事もスピーディな時代だからこそ、そこにある曖昧な時間にホッとすると言いますか。手間と時間がかかるだけに、自分ではどうしようもない、すべてを知りえない余白がそこに生まれるのだと思います。

また、封筒の中には相手が机に向かっているときの周りの空気や時間も同封されています。文字の情報だけではなく、その空気感まで手元に届くのです。たとえば、同じ文章をメールで伝えるのと自分の文字で手紙を書いて送るのでは、相手への伝わり方もまったく違います。

心から「ありがとう」と感謝したり、誠心誠意を尽くして「ごめんなさい」と謝ったりする場合は、やはり手紙という形にしたほうが、気持ちがきちんと伝わるような気がするのです。