追いかけても追いかけても

ところで、歌舞伎の本道を絶対に外さない仁左衛門さんだが、昔はさまざまな舞台に挑み、なかでも私は日生劇場で観た『ハムレット』に胸をときめかせた覚えがある。

――ありがとうございます。やっぱり役者って、自分の可能性を求めていろんな芝居を演ってみたいんですよね。ですから、私も若い頃は歌舞伎以外のいろいろなお仕事に挑戦していました。でも私たちは他のジャンルの俳優さんたちと違って、「伝統歌舞伎」を次の世代に継いでいかなければならない。使命を背負っているんです。

若い人たちは新しいものへ挑戦することも大事だけれど、まず、先輩たちからしっかり指導を受け、古典歌舞伎の確かな芸を身につけてほしいと思っています。偉そうなことを言っても、自分もまだまだ先輩たちに近づけない。

以前『勧進帳』の富樫を演じた時、楽日近くになって「今後25日間、全力でこの役を勤めるのは体力的に無理」と思い、これを最後にしようと決めたんです。

正直言って、その時は自信を持って演じていた富樫を、後から映像で見たら合格点が取れていない。十五代目市村羽左衛門のおじさんの富樫を目標にしていて、今まで何度もくり返し見ていた映像を再度拝見し、自分に根本的に足りなかったものに気がついたんです。

で、もう一度やりなおしたいと思っていたところに、二日間の市川團十郎襲名特別公演のお話があり、お受けしました。今度こそと思い、ひと月ほど前からおじさんの映像を拝見しながら一人で毎日のように台詞の稽古を積んで挑んだ富樫を、「自分用の記録」として残した映像を見てまたがっかり。映像は全消去してしまいました。

追いかけても追いかけても、この歳になっても先輩の足元にも追いつけないのだから、若い人にもあまり偉そうなことは言えないんですけどね。