多くのご家族が、「なぜ、あのとき親の異変に気づかなかったのか……」と悔やむタイミング。それが、MCIの時期です。(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
厚生労働省の予想では、2025年には、65歳以上の5人に1人が認知症になるといわれています。だからこそ、認知症がどんなふうに進行するか、認知症患者の最期はどうなるのかということを知ってほしいと語るのは、20年以上認知症治療に関わってきた認知症専門医・長谷川嘉哉先生。
認知症の進行段階を「春」「夏」「秋」「冬」の4つに区切ったとき、各段階でどんな症状が表れるのでしょうか。まずは、認知症の気配がそっと芽を出す認知症予備軍、「ちょっと変な春」の症状です――。

はじまりは「ちょっと変」

「昨日は冷蔵庫に入れ歯、その前は電子レンジにお寿司が入っとったんです」

それは、空気にひんやりとした冷たさが残る、春の初めのこと。

暖房の効いた診察室の中、不安そうに視線をさまよわせる80代のミカミさんの横で、緊張した面持ちの娘さんが言いました。

なるほど、今日は冷蔵庫に入れ歯かぁ──。

私はウンウンと小さくうなずきます。

こんなことを言うと「不謹慎な」と眉をひそめられるかもしれませんが、認知症専門のクリニックをやっていると、毎日が「今回はそう来たか!」と思わず膝を打ちたくなるエピソードの連続です。

私の祖父もそうでしたが、認知症患者さんは、ときに思ってもみないようなユニークなふるまいを見せてくれます。

あるときはクシとまちがえて歯ブラシでスイスイと髪を梳いてみたり、またあるときは「タケノコだ」と言い張ってすっかり成長した青竹を煮てみたり、セーターをズボンのように「よっこらしょ」と脚に穿いてみたり。

これがテレビのコントなら思わず笑ってしまうところですが、現実に何度も続くとなると、そう笑ってもいられません。

このときの娘さんも、心配そうに続けました。

「あの……うちの母、認知症じゃなぁでしょうか?」