さまざまな独りにそれぞれのラジオ
ニニが遠くの身内を想うとき、いつもラジオがそばにいた。
若くして花形男優と恋に落ちたが「公にするな」と祝福されず、極秘に結婚したあとミラノで独り、ニニは身を潜めて暮らした。
ラジオで夫のゴシップが流れると、「人気のある証拠」と喜び、そして静かに泣いた。声も美しかった夫は、ラジオドラマの常連役者でもあった。
ラジオの中の夫に、ニニは相手役の台詞を呟いてみたりした。
日本でイタリアの声を待ちながら、さまざまな独りにそれぞれのラジオがつき添っていたのを思い出す。
※本稿は、『イタリア暮らし』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
『イタリア暮らし』(著:内田洋子/集英社インターナショナル)
イタリアにわたり40年余り。
ミラノ、ヴェネツィア、リグリア州の港町、船で巡った島々……。
暮らしながら観てきた、イタリアの日常の情景。
常に、新たな切り口でイタリアに対峙してきた内田洋子が2016~2022年、新聞・雑誌・ウェブに寄稿した文章から厳選。
ふだん着姿のイタリアが、ここにある。