ニニの日課
朝のミラノ。バスタブにゆっくり浸かりながらラジオを聴くのが、ニニの日課だった。
湯気の中、次々と読み上げられていく新聞の一面記事の見出しを聴く。90歳近くのニニは、つま先から首筋まで丹念に手入れする。
今でこそ節々が変形しているが、白い指は舞台に立っていた頃からの自慢だ。
銀髪をシニヨンに結い、薄くマスカラを付け、香水をまといながら、ラジオが告げるアフリカの民族紛争や中近東での爆撃、中国の共産党大会やアメリカでの選挙速報に耳を傾ける。
「まったく!」「それは大変」「とりあえず、よかったわね」
見出しごとに、独り言を呟(つぶや)いたり頭を振ったりする。彼女には娘がいる。日刊紙外信部のベテランだが局長のポストを固辞して、世界のホットスポットを飛び回っている。
ニニは、震える老いた指でタバコに火を点ける。毎朝のラジオは、安否の確かめようもない娘の声でもある。