宿命からそう簡単には逃れられない

中国の映画監督チャン・イーモウの『紅夢』という作品がある。

父親が死んで没落した家を支える目的で、富豪の地主のもとに第四夫人として嫁いできた大学生の女性が主人公だが、コン・リー演じるこの女性は、なまじ教養があるだけにこの家の古いしきたりに従うことができない。

最終的には女優という表現者の第三夫人とともに破綻へと突き進み、教養を持たず主と家訓の言いなりになる第一夫人と第二夫人のみが生き延びていくという内容だが、この作品に描かれている世界観は、毛沢東時代の文化大革命やカンボジアのポル・ポト政権のような反教養主義のメタファーとも受け取れる。

少子化対策として教育費の抑制を推し進めながら、何かを企んでいそうな中国ではあるが、歴史を振り返ってみても、われわれは社会性のある生き物としての本能と、サピエンス(知性)との齟齬に翻弄される宿命からそう簡単には逃れられないようだ。

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