(出典:『伝説の校長講話――渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』より)
「共学トップ」の超進学校・「渋幕」(渋谷教育学園幕張中学高校)と「渋渋」(同渋谷中学高校)。渋幕創設からわずか十数年で千葉県でトップの進学校に躍進させた田村哲夫氏は現在、同理事長・学園長を務めるかたわら、中1から高3までの生徒に向けた「校長講話」を半世紀近く続けており、その内容は現代社会に生きる幅広い年代の視野も広げてくれる。中学3年生に向けて行った、創造力を培うための講話の内容とは――。

モーツァルトもまねをした

きょうの中心の話に移ります。なぜ学ぶのか。模倣という言葉は、あまりいい意味では使われないのですが、決められた形を学ぶことで、そもそも学ぶという言葉は「まねぶ」からきたと言われています。

決められた公式や定型をまねすることから、学ぶことが始まったというわけですね。数学で言えば決められた公式、国語で言えば言葉の意味や定型を知る。模倣がまねぶことの出発点。最初から新しいことを考えつくなどということは、誰もできないのです。

天才作曲家のモーツァルトも、若い頃には、先輩の素晴らしい曲を繰り返し聴いてまねした曲を残しています。模倣を繰り返す中から、ある年にピアノ協奏曲第23番という曲を突然つくるんですね。それまでの曲とは懸け離れた素晴らしい精神性のある音楽で、次回の講話で実際にお聴かせします。それ以降は、さすが天才という曲が連続してつくられたのです。彼は若くして、その最盛期に亡くなってしまいます。

モーツァルトの素晴らしい曲の数々は、創造力でつくられたものです。英語で、模倣をイミテーション(imitation)、創造をクリエーション(creation)と言います。学ぶがまねぶから来ているのは、まねすることから始まるからなんです。この構図を少し説明します。

人間の能力が認知能力と非認知能力に分かれるということは聞いたことがありますか? AIと言われる人工知能は、過去に人間が行ったことを蓄積した膨大なデータを駆使して共通項を出します。これが認知能力で、多くの人の経験を活用し、失敗しないようなやり方を見つけ出すことです。

ところがAIがまねをしながら積み重ねていくやり方は、今のところ、非認知能力の代表である創造力の壁を越えられていません。創造まで飛躍できない。ここに大きな壁があるんですね。実は人間には、壁を越える力があるのです。だから模倣という方法で、他の人のしていることを一生懸命頭に詰め込んでいるわけですね。