トラベルという旅の語源

ただ、この出来事をめぐって興味深いことが起きた。

夜中に延々と続いた騒音で叩き起こされたであろう隣部屋のドイツ人夫婦が、翌日、少しも不機嫌でなかったことだ。

そればかりか、奥さんはこう言って慰めてくれた。

「いいえ、気にしないで。私たち、あなたがなかなか部屋に戻れなくてかわいそうねって話していたの。ここって面白い宿よね」

てっきり、イタリア人の不手際に悪態をつくのかと思っていたら、そんな言葉は一言も出ない。

予期せぬ出来事を享受するのが、トラベルという旅の語源だというが、まさに、その初老の夫婦には、トラブルを楽しむ精神が漲(みなぎ)っていた。

「セクスタンティオ」は、2人で泊まればそうでもないが、決して安価な宿ではない。

にもかかわらず、彼らはある種の不便さを受け入れている様子だった。

夫婦は、この村のことを、自国のニュース番組で知り、ダニエーレのイタリアらしい村を守りたいという思いに惹かれて、この宿を選んだのだと話してくれた。

ホテルのようなプロの対応ではなく、知人の田舎家にでも遊びに来たような親密さが魅力だという人もいるだろう(撮影:島村菜津/写真提供:光文社)

ウェルカム薬草酒もすっかり飲み干し、彼らは3日ほど連泊して山歩きをし、村と大自然を満喫していた。

ならば、こうした宿で落ち着かない客とは、どんな人なのだろう。