79歳牧野富太郎、神社境内で標本つくり(1941年7月6日)(提供:高知県立牧野植物園)
2023年4月3日より始まった、NHK連続テレビ小説『らんまん』の主人公・槙野万太郎のモデルとなった牧野富太郎。日本植物学の父と言われる牧野が綴ったエッセイでは、彼ならではの文章で植物の魅力を引き出しています。6月頃から見ごろを迎え始める、高山植物。厳しい環境の中で咲く草花の面白い特徴とは――。

夢のように美しい高山植物

高山植物と言ってもずいぶん種類が多いからそれを全部網羅するということはとうていできないことであり、またその中の数種を挙げたくらいのことでは大きな海の中の島を幾つか示すようなものであるから、今はその中でも最も奇抜なものを幾つか挙げてみよう。

●こまくさ

これは高山のごく頂上の「ざれ」地すなわち砂礫地に生育していて雑草の中などには見られない。こまくさの葉は細かに裂けていて色が奇抜なので、高山の砂礫地に行くとすぐに気が付く。

葉は白い粉のついた緑色をしていて、花茎は痩せたの一本、多いのは数本もあって葉より高く伸び、けまんそうのような花が咲く。

鯛のようでその先が二つに分れ、それがひっくり返って錨のような格好をしていて、色が非常に美しい。けれどもこれを平地に持って来ると育てることがきわめて困難である。

木曽の御嶽山ではこの草がたいそう珍重されていて、御嶽山に参詣すると神官から御賽銭のたかによってこまくさの乾(ほ)したのを一つ二つ宛(ずつ)くれるが、これが尊い神様からお下げになったものとして秘蔵される。

そのため今日では御嶽山にはもう種切れとなり、付近の山々から取ってくるのである。これは一名をおこまぐさともいう。