お金がかからないから、どんな人でも楽しめる

植物を楽しむほど他の娯楽にくらべて金の要らぬものはない。ゆえにはなはだ入りやすい。植物に趣味を感ずるようになれば、路傍の雑草でも庭先の雑草でも楽しくなる。それゆえどんな人でも無代でこの楽しみはできる。

また植物に趣味があればしたがって山にも行き野にも行くようになる。したがって運動が足り心が楽しみつつ知らずしらず運動する。新鮮な空気を吸う。心は高尚になり、邪念はもださぬようになる。いわゆる無邪の極致を得ることになる。

心に邪念なくば身体は健康となる。これほど結構なことはない。東京に東京植物同好会という会があって、毎月一回日曜日に東京付近の野外に出て実地に植物を教うることになっている。

この会へ来れば植物の名が覚えられ、また植物についての種々の話が聴ける。植物に趣味を持たんとする方はこの会へお出でになればよいと思う。

 

※本稿は、『随筆草木志』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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『随筆草木志』(著:牧野 富太郎/中公文庫)

日本における植物分類学の祖・牧野富太郎の最初のエッセイ集。初刊は昭和11年(1936)。執筆時期は内容から察して明治(日露戦争前後)から昭和初期。牧野富太郎ならではの、軽妙洒脱な文体、気取らない表現、語り口で、植物の魅力を縦横に綴る。