両極端の生を生きた小町

物語は小町の「母恋い」から始まります。父の命により幼くして母と別れ、故郷の出羽国・雄勝(おかち)から京へと移り住むことになるのです。母を捨てた父への恨みもあって身構えていますが、父のおかげで歌を学び、成長していく。

そして、小町は二つの性的な体験をします。一つは信じていた人の裏切りで。もう一つは、一生に一度の思い出となる僧正遍昭(良岑宗貞)との秘めた恋です。

遍昭との一夜に至るまではさかんに歌のやり取りがあります。小町は自らを月、遍昭を雲にたとえていて、空を見上げるたびに月と雲を思い出すのです。書いている私自身の気分も盛り上がった場面。

両極端の生を生きた小町ですが、あることで地獄を味わった時に、「あはれ」とは何かを歌に詠み、哀れという感覚があるから生きていけると訴えます。最もつらい時、文学者として大事な感覚を手に入れたと言える。人は幸せに生きているだけでは成長しないものです。

田舎から都へ出てきた小町はコンプレックスの塊でしたが、歌を武器にして、自分の居場所を手に入れていきました。平安時代ほど言葉が力を持った時代はないでしょう。最後には小町の歌が都中で歌われ、引歌(ひきうた)に用いられるようになった。歌人として、こんな名誉なことはありません。

年老いた小町が都を去る際、都人たちが通りに出て見送る場面を書きました。懸命に生きて、哀れを学び、散る花の美しさも知った。小町は幸せだったと思います。

文体は、『業平』で確立した「平安雅文」。文語と口語をミックスし、七五調を基本としています。日本人が心地よく感じるリズムで、流れに乗るように読めるはず。

小説をより深く読むためのガイドブック『小町はどんな女(ひと)』もあわせてご覧ください。小町にゆかりのある場所や当時の生活習慣などを紹介しながら、その人生を繙きます。

心の中に愛をたくさん抱えて生き切った小町の人生を、ぜひ辿っていただきたい。これまでのイメージが変わると思います。