上野さん「施設の好きな年寄りなんていません」(2017年6月撮影。写真:本社写真部)

 

生きていれば人は老いるもの。気力や体力が衰えていくなかで、何をやめて、何をやめないかの選択に迫られることもありますよね。「人生のやめどき」をテーマに東京大学名誉教授・上野千鶴子さんと東京家政大学名誉教授・樋口恵子さんが対談を行いました。上野さんは75歳、樋口さんは91歳になりました。現在進行形でおふたりが経験している「老い」の形とは。上野さん「施設の好きな年寄りなんていませんよ」と言っていて――。

追い出されるか、置き去りか

樋口 小堀鴎一郎さんという在宅診療に携わる80代で現役の医師がいます。彼を追いかけたドキュメンタリー映画『人生をしまう時間』(下村幸子 監督/日本放送協会 製作/2019年)で、施設に入ることになった103歳のお母さんが登場しました。

映画にはそれまで家でお世話をしてきた息子の妻がちらりと映っているんだけど、表情が乏しいの。一方の103歳のお母さんは、きちっとした存在感があって、「私がいなくなればみんなが幸せになれるから」というようなことを言う。小堀さんは「それを言える103歳は、あなたしかいませんよ」と言って、彼女を励ます。

おそらく70代であろう妻は、20代前半くらいで嫁いで以来半世紀ほどの間ずっと姑のそばで嫁をしてきたのだろうと想像できます。そうしてたぶん二、三人の子どもを育てあげ、夫とふたりだけの穏やかな老後が来るのを待っていた。

ところが姑はいつまで経っても元気で、とうとう103歳にまでなった。追い出す形に見えるかもしれないけれど、最終的には施設に、という結論に至った。お母さんの身になったら憐(あわ)れかもしれません。でも私は嫁を責めることもできないと思う。こういう場合はどうすればいいんですか?

上野 わたしだったら、103歳のお母さんを長年住み慣れた家から追い出すくらいなら、息子夫婦が家を出て、お母さんと世帯分離すればいいと思います。若いほうがどこかにマンションを借りるとかして。どうして、そういう選択をしないのか、理解できません。

樋口 おそらく、家の名義が息子になっているのでは?

上野 家の名義は母親でしょう。妻の相続分は優遇されていますから。老母が自分名義の家から追い出されるんですよ。それより70代の妻が「ふたりで家を出よう」と、夫に迫ればいいだけのこと。これまで夫が妻に耐えさせてきたわけですから。

樋口 置き去りにするのと、施設に入れるのと、どっちがむごいのか。

上野 置き去りのほうがマシです。だって、息子夫婦が出て行ったからといって、家族じゃなくなるわけじゃないし、マザコンの息子ならせっせとお母さんのもとに通えばいいんです。