主砲を撃つチャンスは一度もなかった

清水の戦闘配置である副砲射撃指揮所は、前檣楼の上部戦闘艦橋のすぐ横下にあり、主砲と同じ方位盤照準器が装備されている。副砲はもともと対水上艦射撃用にできているので対空射撃には不向きだが、それでも低空で来襲する雷撃機(魚雷攻撃機)を捕捉しては、対空戦闘用に装備されていた三式通常弾(散開弾)で、5斉射ほどの射撃を浴びせた。

「しかし、魚雷回避のための転舵が激しくて射撃が思うに任せず、また、せっかく敵機を捕捉しても、味方駆逐艦への危険の配慮から発射できなかったりして、切歯扼腕(せっしやくわん)の思いでした。雲が低いので遠距離砲戦の機会はなく、来襲した敵機に対して、主砲は一度も撃つチャンスはありませんでした。米軍機の攻撃は、雲のなかでもよく連携がとれ、また、対空砲火の弾幕をいとわず突撃してくる勇敢さに感心しました。ただ、狙えば必ず当たりそうな巨艦に対して、魚雷や爆弾の命中率は意外に低いと思いましたね」

敵の第1波攻撃で被弾したものの、「大和」は速力も衰えず、前檣楼の被害は皆無で、なおもやる気十分で沖縄に向かおうとしていた。清水も、「この調子ならたどり着けるかも知れない」と思ったという。しかし、敵機の攻撃はとどまるところを知らず、第2波、第3波攻撃で被害は累積し、特に左舷(ひだりげん)に集中して命中した魚雷のために、艦の傾斜は静かに増大していった。

「戦闘中は、いろんな音にかき消されて、前檣楼にいても魚雷の命中音は聞こえませんが、そのたびに艦が大きく揺れるので、数多くの魚雷が命中しているのは感じていました。爆弾のほうは、命中しても、ポンという音が聞こえるぐらいです。傾斜は、しばらく5度ぐらいで持ちこたえていましたが、こうなると主砲はもちろん、副砲ももう撃てません。高角砲も、射撃困難に陥って散発的になっています。被雷による浸水でだんだん傾きが増してきて、左17度まで傾いたところでいったん止まりました。主砲塔の上にまで特設機銃が装備されていましたが、対空機銃だけが、最後まで心憎いまでに撃ち続けていました」