コネを駆使してでもいちばんキツイ場所で修業させる

早い年齢で“好きなこと”を見つけたのは、いちばん下の三男でした。中学生になると、「料理をやりたい」と打ち明けられたんです。それも「寿司屋さんをやりたい」と具体的でした。

三男が料理の道に進みたいと言ったのは、幼い時の食体験が影響していると思います。私が芸人として大忙しだった80年代は、料理の世界が華やかに変貌した時期。

『老いては「好き」にしたがえ! 』(著:片岡鶴太郎/幻冬舎)

東京にはイタリアンやフレンチのレストランが建ち並び、お寿司屋さんも空間デザイナーが内装を手がけたり、中華料理店も間接照明でライティングされたりと、いわゆる町のお店とは違うものが登場してきた頃でした。

私はそういった仕事を手がける知人からお店を紹介されると、子供たちを連れて食事に行きました。お話しした通り、私はひとりでワンルーム暮らし。しかも多忙でしたから、子供たちと食事できるのは週に1度。

その時くらいは美味しいものを食べさせたいと、頻繁にいいお店に連れていっていましたから、三男はその影響が強かったんでしょう。彼は昔から、味に敏感なところがありました。

妻が私のいない時に子供を連れて価格が安めのお店に入ると、三男は「臭い」と言い、妻を困らせたというのです。私はそれを聞いて「それって、もしかしたら味の感性があるのかもしれない」と思いました。