「答えはお客さんが教えてくれる。父は自分の言葉ではなく、舞台の空気で大事なことを教えてくれたのです」(撮影:木村直軌)
ウグイスやカエルなど、動物の鳴きまねを代々継承してきた「江戸家猫八」の名跡が7年ぶりに復活して、話題になっている。2016年に亡くなった先代(四代目)の長男・江戸家小猫さんが23年に五代目を襲名するまでには、長い闘病生活という困難があったという(構成:山田真理 撮影:木村直軌)

<前編よりつづく

鳴きまねの師匠は「動物」

その間に山ほど自分と向き合う時間があったせいか、同世代に比べて妙に老成した人格が出来上がったと思います。そんな自分を一回壊したい気持ちもあって、病気と折り合いがついてきた32歳の時に、立教大学の大学院に入りました。

その研究科の講義は夜中心で、学生の7割は社会人。そこで大人の方々とディスカッションを重ねることが、私にとっては社会人経験の練習。まさに大人のためのキッザニアです。(笑)

大学院に通う2年間は、ちょうど父が四代目江戸家猫八を襲名する時期と重なりました。実はその少し前から、家族が留守の時間を見計らってウグイスの稽古を再開していたのです。それを知った父が、自分の独演会限定で親子共演に誘ってくれて。その流れから正式に父に弟子入りし、大学院修了とともに34歳で二代目江戸家小猫を襲名することになりました。

お家芸のウグイスに関して父に言われたのは、「どんなに稽古しても、必ず舞台で音がかすれてしまう日が来る。しかしどんなに怖くても、翌日もウグイスを鳴きなさい。そこで逃げてしまえば、逃げ癖がつくから」ということでした。

そのほかは手取り足取りというより、「とにかく現場に出て覚えろ」という主義。鳴きまねも、「動物が師匠だから」と、声の出し方一つ教えてくれない。デビューしたての頃はレパートリーも少ないですから、父のネタをそのまま借りて演じることもありました。するとお客さんは笑ってくださるのですが、どうも気持ち悪いというか、心地が良くない。

父に相談すると、自分も若い頃に同じことを親父に聞いたら、「いいところに気づいたな」と褒められた。そんな話をしてくれました。祖父のもう一つの座右の銘が、「芸は人なり」。その人の人となりの上に芸が乗っかるから「色」が出るのだと。